2016年06月29日

『実録』メモ ㊶天照大神の子孫

  児島譲の『天皇』(文藝春秋)の第一巻(41p)に、次のようにある。――

 昭和天皇の幼少時、彼は迪宮裕仁親王と呼ばれた。その頃、親王が学習院初等科に通学していた時、その帰る途中、沿道には通りすがりの市民たちが並び、親王に敬礼するのが恒例であった。ふと侍従が質問してみた。
「宮さま。宮さまのお帰りのときは、多数の拝観者がみな最敬礼をしてご送迎いたしますが、学習院の他の学友たちが参りますときには、誰もそういたしませぬ。どうして、宮さまにばかり最敬礼をいたすのでございましょうか」
 すると、裕仁親王は即座にこう返事した。
「それは、迪宮は天照大神の子孫だからです」、と。

 この点、昭和天皇は終生、変わらぬ信念を持ち続けていたのではないか。それは自分は神武天皇の子孫であり、つまりは神の末裔であるということ、その血において万世一系の存在であるということである。この自己規定、自己認識は、昭和天皇の終生変わらぬ信念だったに違いない。

 それはいいのだが、私の気にかかったのは、このエピソードの出典を児島が明らかにしていないことだった。それで今度、『昭和天皇実録』を読み始めた時、私が期待したことの一つは、この出典が示されているのではないか、ということであった。

 ところが、明示的な記事はなかった。
 裕仁皇太子の9歳の折の相撲を取っている写真の相手は、弥冨破摩雄傅育官である。元東京府第一中学校教諭で、明治45年6月1日に新しい皇孫御用掛となった人物であるが、この人に回想録などがあるのだろうか?
 なお、よく調べてみたい。
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2016年06月25日

『実録』メモ ㊵俗情との結託

「俗情との結託」とはかつて大西巨人が言った言葉だ。
 もちろん、それは否定的なニュアンスで言われたものである。しかしまた、あの『神聖喜劇』の作者は俗情というものの強力さを十分に認識していたからこそ、そう言ったのに違いないのである。
 俗情というと、ひどく印象が悪いが、その根本は、人間の最低限の生存欲求に根ざしている。ごく普通の生活、食えること、娶り・子を養えること、自分の生にささやかな誇りと満足の念を抱くこと、これらは動物とは異なる存在としての人間にとっての必要条件である。これを奪われようとするとき、人間はそれに反抗し、抵抗し、もし仮に命を落とすような事態に直面しようとも捨身することがある。
 俗情というのは、裏返しに言えば、その地盤に足場を持っているものなのである。単に侮蔑して切り捨てて済むものではない。
 逆に、高遠で高邁な理想・理念というものも、これもまた人間の生の不可欠の条件だが、それには自ずから順序というものがあり、まず「修身斉家治国平天下」であって、近縁的なものから遠隔的なものへと移行するのが自然である。すなわち、高邁な理念には常に俗情との融合が必要になるのである。つまり、民主主義も、自由・平等・博愛も、世界連邦も絶対平和主義も、俗情との関わりを欠いて成立するはずがないのである。

 欧州連合(EU)からの離脱を問う英国の国民投票は、離脱票が残留票を上回った。28か国に拡大したEUから脱退する初めての加盟国となるわけである。
 このことへの、まさか、という反応に私は驚く。
 私は無論、英国の離脱を支持はしない。しかしこれはあり得べき選択であることを疑ったことはない。世界連邦的な理念に近づく一歩であるとしても、それはあまりに現実の矛盾を糊塗してきているもののように私には思われた。
 かつて汎ヨーロッパ主義の提唱者であったクーデンホーフ=カレルギーの来日の際、接待チームの一員であった私は、EUの理想に共鳴するし、その実現と拡大に希望を表明するものである。しかしその前途にはかねてから懸念を抱いてきた。というのは、この高邁な理念を実現するためには、リーダーたちの細心にしてストイックなまでの克己自制、いわばガンジー的な犠牲的な献身と無私の精神が前提であるからであるが、EUエリートたちにも英国のキャメロン首相にも、そういう姿が見られないからである。最近では口先理想主義の舛添要一や菅直人の失脚も、このギャップが生みだしたものなのである。友人の武藤登君はそのブログで、舛添を土光敏夫と比較していたが、まさにその通りで、高邁な理想はただ廉潔の人のみが高唱し得るものであって、迂闊な人間が玩べば火傷をするだけである。
 それにしても、世界的な俗情の噴出である。まさか、トランプ大統領が、…ということもあり得ないわけではない。

 考えてみれば、日本の天皇制の永続性も、どこかでこの俗情との融合(結託、とは敢えて言うまい)をしているからこそのものなのであろう。たとえば昭和天皇。彼は律儀で素朴な人柄で、質素な生活の佇まいだった。
 もちろん、その物質的な生活の豊かさは、ある意味、質素などとは言えまい。
 宏大な御用邸、御殿を初めとして、彼には欠乏というものはない。働かずして食える立場でもあった。贅沢な身分とも批判できよう。しかし個人として、これほど質素な人はまたいないのである。
『昭和天皇実録』明治41年2月27日の項。乃木希典学習院長の「皇族教育方針」の中に、「成るべく御質素に御育て申し上ぐべきこと」というのがある。その具体的な実例としては、鈴木孝の「天皇・運命の誕生」につぶさに語られている。人間として、英雄でも聖者でもない人間がかくも支持される理由はただ無私の一事に尽きるのである。
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2016年06月23日

『実録』メモ ㊴本当のことを言おうか

 きょう、6月23日、沖縄の「慰霊の日」。沖縄全戦没者追悼式が沖縄県糸満市の平和祈念公園で開かれた。「71年前の地上戦以来、捨石にされ続ける沖縄」(朝日新聞・夕刊{素粒子」)。19日の県民大会で地元女子大生は「安倍晋三さん、日本本土にお住いの皆さん、今回の事件の加害者は誰ですか? あなたたちです」と訴えた。紙面には沖縄の人々の悲哀、忿怒、憂憤の声が刻まれている。本土の人からも「沖縄の怒りを、もっと真剣に受け止めなくてはと思います。同じ日本人。つらさは平等に引き受けるべきです」との声も寄せられている(「声」欄、福島県・主婦)。「オピニオン&フォーラム」欄で岸政彦(龍谷大学教授)は「本土の人々が沖縄の歴史を共有していないという思いがある」という。《本土には沖縄を愛する人が数多くいます。遊びに行くだけでなく、移り住む人もよく見聞きします。沖縄を好きだといいながら、基地を押し付けていることに罪悪感を持たない本土の人々のありようは、「植民地主義」の典型といえます。いわば沖縄を愛するという形で、差別している。》

《本当のことを言おうか
 同じ日本人のふりをしているが
 沖縄と本土は同じ日本ではない

 加害者は誰かと問う声は胸に痛いが
 災悪は皆てんでんこに受け諦めるのが日本人の習い性
 福島で原発事故が惹起すればその地の不運を悼み
 熊本で地震災害が発生すればその土の不幸を哀しむ…

 私には沖縄を愛する気持ちがないわけではない
 基地押し付けに罪悪感を持たないわけではない
 だが歴史を共有してこなかったのは私の罪だろうか
 捨石にされ続ける沖縄にもし生まれ育ったのなら
 私は渾身の琉球独立運動の闘士として戦い抜いただろう
 だが遠く離れた本土に生まれた私に他にどうする途があろうか
 この平穏な幸福の蔭でひそやかな連帯を告げることしか…》

 私には三つのことしかできそうにない。
 沖縄の繁栄のために旅行をできるだけ多くすること。沖縄基地とその基礎になっている日米安保と憲法九条の癒着とをせめても変革するための方向を投票行動で示すこと。そして、偏在する基地負担のせめてもの贖罪としての沖縄消費税(3%)設定の提案をすること。

『昭和天皇実録』には、大正10年3月の裕仁皇太子の「欧州御巡遊に出発」の項の後に「沖縄お立ち寄りの決定」という記事がある(「第三」36ページ)。
《四日 金曜日 (前略)香港御到着時刻の調整上、天候平穏ならば六日午前に艦隊は沖縄島の中城湾に仮泊し、地方流行病等の虞がなければ皇太子は上陸され、御微行にて那覇及び首里にお立ち寄りになることとなる。》
 3月6日に裕仁皇太子は沖縄に到着、午前10時50分、御召艦・香取から出て上陸し、沖縄県庁、首里城等を巡覧して、午後2時50分帰還の途に就き、午後5時8分香取に乗艦するまでの滞在だった。
 これは英国王の都合で、5月1日のロンドン着を9日にしてほしいとの要望に合わせて日程を処々修正した結果、沖縄立ち寄りが追加されたので、いわば「ついで」だった。
 昭和59年夏、那須御用邸で行われた記者会見で、当時83歳の昭和天皇はこう語った。
《第二次大戦当時においても、沖縄県民がいろいろ苦労をしたことに対して、私は深く同情を寄せています。これから先も県民が、相協力して豊かな幸せのある生活を続けてくれることを希望しています。》
 これは、明確な意味表現を避ける昭和天皇独特の言葉遣いとも言えるが、また同時に率直な心情表現でもあっただろう。実際、昭和天皇は本土人の代表として、沖縄の「苦労」に対して「同情」し、「幸せのある生活」を「希望」するしかなかったのである。それ以上に何を言えただろうか。
posted by tabatabunsi at 20:19| Comment(0) | 『昭和天皇実録』メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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