2015年11月08日

「戦後史」をやり直す動き

 戦後70年の節目だからだろうか、最近の本には戦後レジームへの反省・修正を求めるものが多いという印象がある。昨日紹介した『戦争をしない国』もそうだったし、前にちょっと触れた『戦争・天皇・国家』でも同じような指向が見られた。今回ふれる蔭山克秀『やりなおす戦後史』(ダイヤモンド社、2015年7月刊)も結論はそれぞれ違うが、同じ指向性に基づいている。著者は予備校の公民科の講師である。

 本書の趣旨は「はじめに」に言い尽くされている。
《日本の戦後史には、主体的な軸がない。
 これは本書を書くにあたって気づいた、驚くべき事実だ。執筆前に本書のテーマをあれこれ考えたとき、あまりに軸がなくてビックリしたのだ。
 独立国家には通常、「その国の進むべき道」というものがあり、その道の先にこそ民族の真に望む未来が存在するものだ。でも日本には、そんな主体的で一貫性のある道などない。常に政策が場当たり的でブレブレに見える。
 じゃあ僕ら日本人は、同じ方向を見ていないのか? いや見ている。ちゃんと政財界から国民にいたるまで、同じものをしっかりと見ている。ただしそれは、日本人のあるべき主体的な未来像などではなく、アメリカだ。
 つまり、僕らは戦後一貫してアメリカに憧れ、アメリカの顔色を窺い、アメリカに守ってもらい、アメリカに振り回され、アメリカで売れる工業製品を作り、リーマン・ショックでともに沈んできたのだ。

 日本の行動は、一見不可解なものに見えても、「アメリカの国益のための行動」という観点から見れば、納得のいくことが多い。例えば、日本の政治家が「安保条約の堅持」を叫ぶのなんて、まさにそうだ。
 そもそも外国の軍隊を日本に駐留させること自体、正気の沙汰ではない。もしもその軍隊が僕らに銃口を向けてきたらどうなる? ものの半日で日本は制圧されるだろう。でも僕らはなぜか、アメリカがそんなことをするはずもないと一〇〇%信じ切り、根拠もなく彼らの保護に甘えている。これがロシア軍や中国軍の日本駐留だったら、僕らは間違いなく恐怖で足がすくむ。
 なぜ旧敵国を、そこまで信頼できるのか? これはもう「日本がアメリカだから」という以外にない。アメリカにしたって、他国を守るために多額の国防予算なんか組まない。自国を守るという意識があるからこそ、予算と人員を割くのだ。
(中略)そういう意味では、日本はアメリカの植民地、すでに「五一番目の州」なのだ。
 もちろん、それを納得できない人もいるだろう。しかし現実問題として、例えば集団的自衛権や領土問題、原発問題、憲法改正問題などを解決しようと思っても、どれ一つとしてアメリカとの関係抜きに解決できるものはない。それは、真に独立した国家の姿とは言いがたい。
 日本はいつから、今のような国になったのだろうか?
 なぜ、日本人はこのような国にしてしまったのだろうか?
 そして、僕らは今の日本を変えることができるのだろうか?
 そのヒントが、敗戦から今日まで地続きの、戦後七〇年の歴史の中にある。(以下略)》

 著者は「今の日本をつくった米軍占領下のシナリオ」についてまず語る(第1章)。
 その基本は「間接統治」(=「象徴天皇制」)と「日本弱体化」(=「民主化」)にある。
《なぜ、マッカーサーは「間接統治」を選んだのか?
 それは日本人が天皇崇拝のおかげで無政府状態にならず、みんな粛々と敗戦を受け入れていたからだ。なら、その威光を利用して統治するほうがスムーズにいく。しかも、このやり方なら、GHQがゴリ押しでやらせる政策も、表向きは「日本の政治家が決めている形」になるため、GHQは反感を買いにくい。実に巧妙だ。》
《天皇を「現人神の国家元首」のまま残しておくと、再び軍国主義の求心力になり得る。それほど日本国民の天皇に対する尊崇の念は深い。このまま放置するのは危険だ。
 ならどうするか? 中国・ソ連・オーストラリアあたりからは、天皇を処刑すべきという声も上がっていた。でもマッカーサーは、天皇の威光は間接統治で利用価値が高いこと、天皇制がなくなると、日本の共産化が加速する懸念があることなどを理由に、天皇の訴追は避けることにした。
 しかし、どう残すかが難しい。天皇の威光は利用したいが、政治の実権は与えたくない。そこで出てきたのが「象徴天皇制」だ。
 GHQは一九四六年元旦、天皇に「人間宣言」を発表させ、その上で新憲法における天皇の地位を「象徴」とする方針を掲げた。これで天皇は、神でも国家元首でもないまま残り、しかも「象徴」という、実験はないが一見価値は高そうな地位に納まった。これなら、国民を束ねたいときの求心力としてのみ利用できる。これも一種の間接統治だ。》

 さらに一九五一年の講和条約と同時に調印された日米安保条約がある。これは《日本の安全保障をアメリカに委ねるかわりにアメリカに基地を提供するなんて、独立国家としてはあり得ない》ものだった。特に日米行政協定(地位協定)という治外法権の枠。これが《その後の日本を決定づけた安保条約の大きな代償》だった。

 さてしかし、著者は護憲論者ではない。むしろ日本独立のために、憲法改正と「主体的な防衛力構築」を主張する。
《戦後七〇周年を迎えた今年、それらをめざす安倍内閣が政権を担当していることに、歴史の分岐点を感じる。僕はそのめざす方向に大筋で賛成だが、どちらもここまで大もめにもめてきたテーマだけに、決して拙速にならず、国民の合意形成と諸外国への配慮を十分にやってから取り組んでほしい。当たり前だが、僕は日本に「普通の独立国家」になってほしいだけで、決して軍事国家にはなってほしくない。》
 9条を改正したら軍国主義になる、というイメージは貧困そのもの、と著者は言う。《今の日本は、どう転んでも軍国主義国家にはならない。国民すべてに「戦争=罪悪」がすり込まれ、自国を守る組織を持つことにすら躊躇するのが、今の日本人だ。
 さらに言うなら、自分の身は自分で守るのが当たり前だ。少なくとも、アメリカに国防を依存しておいて「九条を守れ!」は絶対ない。それは、義務を果たさず理想だけを語る子供の姿勢であって、独立国家の姿勢ではない。ちゃんと現実を見て、義務を果たすのが大人だ。ならば僕たちが、当たり前の義務として自分の手で自国を守りたいなら、当然九条だって、日本を取り巻く現状に合わせて改正しないといけない。》

 著者の主張に、私も大筋で賛成だ。しかし疑問がある。
 日本人は本当に、この間接統治、基地と米軍駐留の「従属国」状態を、嫌悪し、排斥し、抵抗し、廃棄しようとしているのだろうか?
 本当に「普通の独立国家」になることを、心底、望んでいるのだろうか?
 日本人は本当に大人になろうとしている(なりたい)のだろうか?
 本当は「義務を果たさず理想だけを語る子供の姿勢」のままでいたいのではなかろうか?

 かつて条約改正に国民が一致して取り組んだ時代もあった。しかしその紆余曲折を経た長い歴史の結果、未曽有の敗戦を喫して、今日本人は、島国的な閉鎖状況、心理的な鎖国状態を願望する深い・憂鬱だが安楽な・母胎内に安らかに愉悦している気分に囚われているのではないだろうか?
posted by tabatabunsi at 18:08| Comment(0) | 天皇論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月07日

平成皇室論 @「平和国家・日本」への思い

『戦争をしない国』という本がある。副題に「明仁天皇メッセージ」とある。文・矢部宏治、写真・須田慎太郎(2015年7月、小学館刊)。著者は1960年生まれ。
 著者は「はじめに」で言う。《深い闇を体験し、その中でもがき苦しんだものだけが、長い思索ののち、光のような言葉をつむぎ出すことができる。そのプロセスに例外はない。そうした境地に到達できた人を、私は「偉い人」だと思っています。》
 その「偉い人」こそ、明仁天皇である、という。
《実は現在の日本で、明仁天皇と美智子皇后ほど大きな闇を体験し、その中でもがき、苦しみ、深い思索を重ねた方は珍しいのではないかと私は思っています。》

 内容は、写真と文の構成で、明仁天皇のメッセージを綴っていくものである。そしてその中から、一貫したものとして「平和国家・日本」への強い思いを、著者は読み取っているのである。

 しかしそれでは、現天皇以上に「深い闇を体験し、その中でもがき苦しんだ」はずの父・昭和天皇は好戦主義者だったのか。著者は《昭和天皇は好戦主義者ではなかったが、平和主義者だったということもできない。昭和天皇が何より大切にしていたのは「皇統(天皇制)の継続」で、それがあらゆる判断に優先した》という保阪正康の言葉を引いて、これが正確な評価だとしている。それに比べて、現天皇は骨の髄からの平和主義者であるということなのだろう。

 この本を読んでいると、いささか落ち着きのない気持ちにさせられる。それはこの本が、決していわゆる「明仁天皇・美智子皇后」礼賛本ではないからである。この本の狙いは、「あとがき」でやや明確になり、最後に付された「付録 世界はなぜ、戦争を止められないのか――国連憲章と集団的自衛権」で具体的に明かされている。この本の主眼はあくまで「戦争をしない国」にするためにはどうすればいいかという点にある。そのために「明仁天皇・美智子皇后」の言句をたどり、それに資する根拠を作ろうとしたが、それだけでは結局、著者の意図は達成はされない。
 なぜなら、基地や日米安保という日本の立ち位置は、明仁天皇個人の平和志向とは別のところにあるからである。
 たとえば、著者が紹介している、昭和天皇が沖縄を半永久的に占領していてほしいという意向を裏ルートでGHQに伝えた「沖縄メッセージ」というのがある(1947年9月19日)。これも皇統維持最優先の立場から発せられたものだが、基地・占領軍の固定化は現状維持という意味の平和志向とは全く矛盾しないのである。天皇個人の資質や姿勢に、この問題は殆んど無関係である。
 また、著者は「側近独裁制」という言葉を使っている。戦前の日本は、天皇が「家族」という個人としての立脚点から切り離されて存在したために、最終的には側近たちの意向に逆らえないという構造的な問題があった。そう著者は言い、《史上初めて民間から皇室に入った美智子妃は、(中略)結果として皇室に「側近独裁制」からの防波堤をつくりだすという大きな改革をもたらすことになった》とも言う。しかし、これは奇妙な論理である。家族とか個人とかの問題はここには本来存在しない。敢えて精密な論理展開を避けている節がうかがえる。
 それは著者もよく分かっていて、それ故にかなり無理な論述をせざるを得なくなっているのである。それで「付録」では、天皇と全く関係なしに、著者の主張が率直に明かされることになる。
 結論として、筆者は、こう述べている。

《@専守防衛、絶対に先制攻撃を行なわない最低限の軍事力はもつ
 A外国軍の駐留は認めない
 このふたつを憲法に書き込む。そして機能停止状態に陥った憲法を機能させる。
 これがゴールです。と同時に、「基地」や「原発」「戦争」など、さまざまな問題を解決するためのスタート地点です。
 いくら困難でも私たち日本人は、必ずその場所にたどりつかなければならないのです。》

 著者の率直さに対して、私も、率直な感想を述べる。

(1)この提案自体には私は全面的に賛成だ。出来れば、基地と日米安保を廃棄したい(するべきである)と私も思う。しかし、それをどうやって実現するのかという道筋は不透明である。それは別としても、同盟を破棄しておいて「最低限の軍事力」だけで、安全保障は可能なのだろうか。

(2)これは護憲的改憲論なのか。或は逆に改憲的護憲論とも言えようか。ともかくも戦後の平和主義も遂に(ようやく)9条の改定をして、軍隊を保持するというところまで変遷してきたのだ、という感慨はある。つまり「戦争のできない国」ではなく、「戦争をしない国」にするということである。それは、安倍晋三首相による新たな安保法制への枠組みへの対応(動揺・反発・抵抗)がもたらしたものであるとしても、時代の変化がここまできたということの表れなのであろう。

(3)それにしても平成の皇室は、徹底した立憲・平和主義の守護神として崇敬されるに至ったらしいという事実には、私も感銘を受ける。
 確かに明仁天皇・美智子皇后は徹底した民主主義者だと思う。個人的には或は、天皇制度の廃止、民主・共和制への志向さえ持っているのかも知れない。しかし祭祀を中心とする皇室(天皇家)の問題の本質はそこにはない。そもそも先の戦争も昭和天皇個人が好戦的だから起こされたわけではない。要因は国内・国際の政治構造にある。それをこの二人だけに押し付けるのは過剰な期待ではあるまいか。
 また、平成の皇室にしてもやはり「皇統(天皇制)の継続」は「あらゆる判断に優先」する問題ではないだろうか。仮に天皇が政治的発言を自由にできるものだとしても、天皇家にとっては(日本庶民総体もおそらく同じ姿勢なのだと思われるが)米国との同盟がなく、軍隊を維持するというのは過去の悪夢の再来・再現なのではないか。多分、お二人もこの矢部の提案は拒否するのではないだろうか。
posted by tabatabunsi at 23:31| Comment(1) | 天皇論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月06日

大江健三郎の天皇論 @「天皇制の抱えるあいまいさ」とは…

 6日付・朝日新聞「文化・文芸」面の「ことば」欄に、大江健三郎の言葉が紹介されている。短いものなので全文を引いておく。

《大江健三郎さん(80)が、戦後50年を機に書簡を交わしたドイツ人作家の故ギュンター・グラスを悼み、東京ドイツ文化センター主催のイベントで思い出を語った。
 2人は文学を通じて、戦後のあり方を問うてきた。往復書簡は1995年、朝日新聞紙上で連載された。「80年の生涯でも最も新鮮でおそれに満ちた出来事でした」
 グラスは世界への窓口でもあった。「自分が世界文学の中にいると自覚することになった。目のくらむような、新しい経験になったと言えると思います」
 会場では当時の書簡が朗読された。大江さんは「わが国の大人たちは、壊滅的な地上戦の行われた沖縄、広島・長崎の原爆、東京大空襲という大きい戦禍を見ながら、それを引き起こすことになった近代化の大きいユガミについて、根本的な反省をすることはなかったのです」と書いていた。
 「日本は天皇制の抱えるあいまいさを隠したまま、正当な批判、処罰を受け止めることがなかった。問題を表面化して、新しい人が作り替えていくことがなければ、20年後の日本はないと思います」(高津祐典)》

 この記事は、本来、「日記」として扱うのが適当なのだが、いつか大江の天皇観(論)について考えたいと思っているので、その序としてここに掲げる。
 最後の文章はあまりに短すぎて、大江の真意がよく分からないところがある。
《天皇制の抱えるあいまいさを隠したまま、正当な批判、処罰を受け止めることがなかった》というのはどういう意味か。あいまいさとは何か。どう隠したというのか。
《正当な批判、処罰を受け止めることがなかった》の意味も不分明である。誰のことを言うのか、天皇・支配者階級か、国民・知識人一般か。《正当な処罰》とはどういうことか。
《問題を表面化して、新しい人が作り替えていく》というのは、最近の若い世代の戦後レジーム論や天皇論のことを言っているのだろうが、具体的ではない。
 いずれ、この正確な内容は、文芸誌等に発表されるだろうから、それを改めて読んでから考察することにしたい。

 ただ、大江健三郎には、小説家としての面と言論リーダーとしての面との落差があって、私には後者の側面は魅力を感じない。言っていることが誤りだというのではなく、あまりにも世論的に正しすぎて、いつも言論世界の体制側というか、絶対不敗の位置に安座してモノを言い続けていることがうっとうしい気がするのである。
posted by tabatabunsi at 17:59| Comment(1) | 天皇論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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